神社解説

聖徳太子

ここは聖徳太子のお造りになった神社です。
さてあなたは、聖徳太子についてなにを知っていますか。
右の像が当社にある「聖徳太子」の写真です。
そうです、由緒書きにあるように聖徳太子創建の神社なんです。聖徳太子というと多くの人は、仏教ばかりを思い出すでしょうが。

元の四天王寺とも言われています。

江戸時代の地図を見ればそれがわかります。右が江戸時代の地図です(無名氏考証 難波古絵図 市立中央図書館蔵)
勿論一枚だけではありませんが。
 創建壱阡四百年記念誌、かささぎには多数あります。

日本書紀と鵲森宮

次にこの神社のことが、『日本書紀』に出てくるのです。

これも、なかなか信じられない事でしょうが。



鵲森宮境内の近世石造物銘文

番号 種類 銘文
鳥居 (右柱表)奉納
(左柱表)酒井右京亮源朝臣
(右柱裏)天保十四癸卯年十二月
鳥居 (右柱表)奉納
(左柱表)田沼玄蕃守源朝臣意尊
(右柱裏)安政二乙卯年二月初午
鳥居 (右柱表)奉納
(左柱表)京極周防守源朝臣高富
(右柱裏)文久二壬戌年二月初午
燈籠 (右側面)元久五庚申年吉月日
(表 面)稲荷社
(左側面)和州郡山藩中 大石若狭源里紀基之
(裏 面)武運長久末繁栄安全願処
燈籠 (右側面)和州郡山藩中 大石若狭源里紀基之
(表 面)稲荷社
(左側面)元久五庚申年吉月日
(裏 面)武運長久末繁栄安全願処
燈籠 (右側面)安永四乙未年四月吉日
(表 面)奉献御宝前
(左側面)摂州大坂住 斉藤文一郎源政長 敬白
燈籠 (右側面)文化十四丁丑年二月初午
(表 面)奉納
(裏 面)高富領主藤原道昌
燈籠 (右側面)文化十五年戊寅三月吉日
(表 面)常夜灯
(裏 面)林氏
燈籠 (右側面)遠藤但馬守平朝臣胤統
(表 面)奉納
(左側面)天保八年酉二月初午
10 燈籠 (右側面)遠藤但馬守平朝臣胤統
(表 面)奉納
(左側面)天保八年酉二月初午
11 狛犬 (表 面)奉納
(左側面)新町橋丁子屋安右衛門和泉屋与兵衛尼崎屋久兵衛
(裏 面)文化七庚午年三月吉祥祥日
12 狛犬 (右側面)願主 清水善助 同磯五郎
(表 面)奉納
13 狛犬 (右側面)天保八丁酉年二月建之
(表 面)奉献
(左側面)三上藩中 須賀氏 御畑支配 佶右衛門 弥兵衛
14 狛犬 (右側面)御畑地 惣作中
(表 面)奉献
(左側面)天保八丁酉年二月建之
15 手水鉢 (表 面)酒井飛弾守家士 奉納 天保三年壬辰九月
16 手水鉢 (表 面)奉納 敬白
(左側面)文久二年壬戌四月
17 (表 面)奉献敷石敦賀藩
(左側面)天保十四癸卯十
1989年7月15日調査・同23日再調査
 1の酒井は越前敦賀藩主。2の田沼意尊は老中田沼意次の子孫、遠江相良藩主。3の京極高富は丹後峯山藩主。7の藤原道原道昌は美濃高富藩主本庄河内守。9・10の遠藤但馬守は近江三上藩主。15の酒井飛弾守は越前敦賀藩主、1のの父。以上の藩主は皆、大坂城玉造口定番を務め、その在任中に奉納したものであろう。なお4と5、9と10はそれぞれ同一の銘文である。
 狛犬は口を開いた阿(あ)と口を閉じた吽(うん)とで一対をなす。11と12が一対で、11が阿で12が吽である。また、13と14が一対で、13が阿で14が吽である

鵲橋のお話 大伴家持の歌碑へのリンク


    鵲森宮 All Rights Reserved